プラサード

食べ物は体を作る。
人は食べ物によって作られる。

故に我々は食べ物を大切にしてきた。

なぜなら、食べ物は即座に食べたその人に影響を与えるからだ。

食べ物を食べるときに注意してみることだ。
いかなる食べ物でも、それはあなたに影響を与える。

例えば酒を飲めばあなたは酔っ払う。
同じことが様々なドラッグを摂った際にも起こることが知られている。
これらは非常に分りやすい例だ。

しかし、あなたは肉を食べた時にあなたの心身に何が起こるかについては
それほど意識的ではないかもしれない。

これは、瞑想者たちの間では良く知られていることだが、
肉を食べるとその人は激しやすくなる。
言わば怒りっぽくなるのだ。

肉を食べたあと、あなたは静かではいられない。
あなたは騒ぎたくなる。
あなたは動きたくなる。

それだけではなく、あなたは戦いたくなる。

もし、「そんなことはないだろう」と言うならば、実験してみればいい。
この実験は有意義だ。

現代人は肉食が普通であるからして、まずは数日間肉を絶つ必要がある。
これは実験の準備として必要だ。

その期間に、あなたは自分の体、思考、感情に何が起こるかを体験できる。

本当なら不肉食を90日間続けるのが良いとされているが、あなたのできるだけの日数で構わない。

十分に敏感であれば、その数日でさえもある種の体験が起こるかもしれない。
肉を絶った期間が長ければ長いほどそれは強く現れる。

その期間の後、あなたは肉を食べ、それがあなたの体に摂り入れらる。

何が起こるだろうか。

あなたは感じるに違いない。

あなたはある種の落ち着きのなさを感じるかもしれない。
あるいはちょっとしたことで憤りを感じるかもしれない。

しかし、十分に注意深くなければ、
あなたは、なぜそれが自分に突然起こったのか分からないかもしれない。

これが故に我々は食べ物を重んじる。
インドでは今でも我々が寺院や聖者たちに捧げた食べ物は返される。

それを私たちは特別な名前、「プラサード」という名前で呼ぶ。

プラサードとは「聖なる贈り物」という意味だ。

なぜ、私たちが送った同じものが聖なる贈り物として返ってくるのだろう。

それには理由がある。

聖者となりし者は超越を体現した故の存在であることが知られている。

その存在が触れたものは、その香りを運ぶと言われている。

故に、その存在の触れた食べ物を食べることは、その影響を速やかに食べた者に現すという思想がある。

しかし、これは単なる思想というわけではない。

もしあなたが「これ」を体現した存在に出会い、無心に眼を合わしたなら、

そこにはとてつもない伝達が起こる可能性がある。

その伝達はあらゆるコミニュケーションを超えるものだ。
その一瞬により、今までの全ての体験は一瞬にして色褪せる。

触れもしないで、
ただの一瞥だけで、それほどの影響を与える存在ならば、
その存在が触れたものとなれば、その影響は計り知れない。

それは売ることはできない。
それはオークションに出品できない。

それを得たとしても、あなたは金持ちにはならないかもしれない。

しかし、あなたは世界中の権力、金銀財宝を持ちながらも、
尚も不安に苛まれ、追い求めている者たちが羨んで止まない、
究極の「安心」を体現する。

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